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田代地域についてTASHIRO AREA

たしろラズベリー研究会が所在する「田代地域」についてご紹介します。

     

「田代地域」とは?

早口鉄橋

「田代地域」の概要

 「田代地域」は現大館市における旧田代町域一帯をいいます。1956(昭和31)年に早口町、山瀬村が合併して以来、約50年に渡って続いてきた田代町ですが2005(平成17)年6月をもって旧比内町と共に大館市に編入されました。
 田代地域は秋田県の北端に位置し、地域北部の山岳部は1000m前後の高峰が連なっています。北部の山岳部から南に向かって流れる早口川と岩瀬川は、JR早口駅付近で東北地方第5の大河である米代川に合流します。早口川、岩瀬川の河川沿いに耕地が形成されてきます。
 また温帯多雨気候区に属する田代地域は東西の盆地に挟まれた内陸にあり、気温としては温度変化が激しい「夏は暑く冬は寒い」傾向にあります。 


「田代地域」のあゆみ

茂屋下岱遺跡を臨む

「考古・古代」

 田代町域においては「矢石館遺跡」「茂屋下岱遺跡」「赤川遺跡」「柏木遺跡」の4つの遺跡において発掘調査の実施と成果の公表がなされています。その内柏木遺跡においては6戸の竪穴住居跡や配石土壙群、土器、石器等が出土しています。
 古代の田代地域を探る上での移籍としては上述した柏木遺跡において粘土蓋土壙墓が、またみのり台遺跡では弥生土器片が発見されています。
 また北秋地域の奈良・平安時代の遺跡群については、大館市根下戸道下遺跡や山王台遺跡、大館野遺跡、上野遺跡、花岡長森遺跡、旧比内町横沢遺跡などが発見されていますが、田代地域では現在のところ発見されていません。


越山館跡

「中世・近世」

 中世の田代地域は比内地方(現大館市、北秋田市周辺)を所領とした浅利氏の勢力下にありました。浅利氏は甲斐国浅利郷(現山梨県中央市)を出自とする一族で、比内地方の各地に家臣団を配置し田代地域では(浅利氏以外の在地豪族達の館含め)山田を中心として中世城館群が存在していました。
 その後浅利氏は秋田氏の家臣団として組み込まれた後滅亡、秋田氏も常陸国宍戸(現茨城県笠間市平町)へ移封となりましたが代わりに常陸より佐竹氏が入封。以後1871(明治4)年の廃藩置県まで約270年間に渡り佐竹氏の統治が続きました。その中で田代の村々も郡奉行をトップとした支配機構の中に組み込まれ、その支配は年貢の上納から夫役、百姓達の生活指導まで多岐に渡りました。田代に40あったとされる鉱山の開発が始まったのも中・近世です。


岩瀬山戊辰戦争激戦跡

「近代・現代」

 時代が近世へと移る戊辰戦争においては、田代の地は戦火により大きく疲弊しました。田代では正確な記録・資料は残っていませんが、旧大館市域では家590軒の他土蔵や寺院等150棟以上が焼失したとの記録があります。
 近世に移ってからの田代は行政区画の再編を経て1889(明治22)年早口村(町)、山瀬村という二つの地方自治体が生まれました。その中で制限選挙ではあるものの村会が設置され、村政にあたりました。
 両大戦を経て、1956年(昭和31)年9月に早口町と山瀬村が合併して「田代町」が発足。対等合併ということもあり新町名は公募により選定されました。また同年1月には全国公募により町章も決定されました。

「田代地域」の産業

クレソン

「クレソン」

 田代地域早口沢北部に位置する大野で取り組まれているのがクレソンの生産・販売です。「大野地域づくり協議会」を主体として地域のお母さん方の手によって進められています。
 クレソンとはアブラナ科の抽水・沈水植物で、サラダや、肉料理の付け合せ、また天ぷら、鍋物の具などに利用されています。
 平成23年度には「大館市地域づくり協働推進支援事業」を活用してパイプハウスの設置や会館を利用した作業所の整備を行うなど生産体制の整備と作業の効率化が図られた結果、のべ700〜800kg(2,800束)を出荷しました。


牛舎

「酪農」

 田代地域において平滝を中心に取り組まれているのが酪農です。
 平滝は味噌内川の支流平滝川上流の戦後開拓地で、かつては岩野目小学校・越山小学校が所管する平滝分校も存在していました(平成3年廃校)。
 平滝における酪農は1958(昭和33)年に10頭から始まり、1960(昭和35)年には17戸72頭と上昇を続け、ピーク期となる昭和五十年代には1976(昭和51)年10戸226頭、1977(昭和52)年には270頭まで増加しました。しかし現在では乳価問題など酪農自体の問題や、平滝集落内での人口減少もあって酪農家は2戸まで減少しています。


米代川

「内水面漁業」

 田代地域では近世・久保田藩時代より投網による漁業があったとの記録があります。『秋田県勧業年報』によれば明治期においても米代川、早口川での漁獲があったようです。
 1966(昭和41)年には早口川漁業協同組合が発足し、1994(平成6)年には田代町漁業協同組合(後に田代漁業協同組合)へと改組されました。
 また1986(昭和61)年には町制三十周年を記念し「米代川アユつり大会」が開催されました。現在では「全国鮎つり大会」として毎年8月14日に河川緑地つりきち広場にて開催され、全国の太公望たちが大鮎を求めてその技量を競い合っています。


「リンゴ」

 2002(平成14)年編纂の『田代町史』によると、田代地域では少量ではあるものの戦後より栽培があったとの記述があります。統計として残っているものの中では、1953(昭和28)当時、約6戸が集団で7アールにリンゴを作付け、950貫(3.56t)ほどの収穫があったそうです。
 現在では岩野目地区を中心に栽培されています。


バナースペース

たしろラズベリー研究会

〒018-3501
秋田県大館市岩瀬字羽貫谷地中島21-51

TEL 0186-47-3047
FAX 0186-47-3047

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